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デザイン NEW2022年4月 8日

テクノロジー×メディア×社会 デザインはもう言葉のようなもの グラフィックデザイナー松本弦人的視点

 ビジネスとデザインは、切っても切れない関係。商品、パッケージ、カタログ、DM、広告、販促キャンペーン等々、読者の皆様も、改めて日常的にデザインに関わっていることに気付いた方もいらっしゃるのでは?ご承知の通り、デザインは単に絵柄やビジュアル面だけの話ではなく、様々なコミュニケーションを前提とするもの。
 TDC2021最高賞受賞作『日本国憲法』(TAC出版)ではデザインにとどまらず編集まで手掛けるなど、デザイン領域には収まり切らない松本弦人氏は、それでも「グラフィックデザイナー」を名乗ります。ツールと社会の進化とともに広がり続けるデザインの役割や意義について、独自の切り口から語っていただきました。

松本 弦人氏
グラフィックデザイナー/一〇〇〇本文庫発行人/DsSs主催BCCKSクリエイティブ・チーフ・オフィサー/Tokyo Type Directors Club理事

東京生まれ。DTP黎明期から、グラフィックデザイン、デジタルメディア、に精力的に取り組む。近年は「BCCKS」「一〇〇〇本文庫」など、グラフィックとデジタルの複合サービスのコンセプト&デザインを多数手がける。
ADC賞、TDC賞、Multimedia Grand Prix、日本ソフトウェア大賞、The Best Interactive Awards 他、受賞多数。


[1] 東京TDC賞2021グランプリ受賞作『日本国憲法』(抜粋)

デザインを使ってメディアを作る!確かな思いを築き上げた背景

 編集、設計、ゲーム制作、出版、ウェブサービスなど、グラフィックデザインの枠を軽々超える松本氏。デザイナーを目指したきっかけを伺うと、「画家である父親に5歳のころから油絵を描かされていました。過度な教育はやっぱりよくないようで上手いだけのつまらない絵になっちゃって、12歳で筆を折りました、早いですよね。その経験からなのか、自分の表現ではなく造形や構造の美に強く惹かれていきました」。グラフィックデザインの領域を超える活動については、「80年代、多くの美大生は広告とレコードジャケットに影響を受けていたのですが、僕は音楽系フリーペーパー『DICTIONARY』『TORA』などのメディアデザインに惹かれました。デザイナーになりたいというよりメディアを作りたいという思いが強かったんです。デザインそのものが目的じゃなく、デザインで生まれるもの、デザインでよりよくなるもの、というように捉えていたようです」。
 1985年、その想いは確信に変わります。「中目黒に当時の最先端機材を集めたラボがあって、そこに国産DTPシステム「EZ-PS」がありました。MacのDTPより少し早い時期です。現在のWORDレイアウト機能よりも劣るプリミティブなものでしたが、世界が変わると直感しました」と松本氏。当時勤めていたデザイン事務所の仕事が終わるとラボに直行し、名刺、ステーショナリー、フリーペーパー、フライヤーなどを徹夜で作り続ける日々が続いたそうです。「プログラマーとの出会いも衝撃でした。彼らは曖昧な言葉は使わず、常に合理的な方法を探り、なにより、何に対しても勉強熱心でした。ひとつの仕事、例えば〝お絵描きツール〟の開発が終わると、用紙や筆や色彩や構図についてプログラマーが誰より詳しくなっちゃうんですよね。21世紀のクリエイターはこんな感じなんだろうなと、その時ぼんやりと感じていました」。
 なお、人生に影響を与えたものを伺うと、PCを車に積んで現地で取材/出力/出版をする旅行雑誌『MONK』、大阪の巨匠木村恒久氏(1928‐2008)、初めてテレビに自分の名前を呼びかけられたRPGゲーム、という納得のラインナップでした。

ツールのあり方の劇的変化 デジタル化から生まれた世界

 「40年近くDTPツールを使ってきました。当時、グラフィック技能をまるまるPCに収めてしまった衝撃は今も色あせることないんですが、もしかするとそれ以上のことが、今まさに起きているのかもしれません。80年代に起こったことは〝技能のアプリケーション化〟でした。美しい線を引く技術、文字を並べる技能、写真現像や製版のノウハウなどを次々とデジタル化しました。たった今起こっていることは〝創造のアプリケーション化〟です。現在のグラフィックツールは、ユーザーが全く想像しえない形態を、完璧なかたちで創出してしまいます。シンギュラリティはグラフィックツールに限ればすでに起きていると言えます」。では、デザイナーは必要なくなるのかと伺うと、返ってきたのはこうです。「いや、今以上に必要です。そしてこれまでのデザイナーとはその職能が大きく異なるんだろうと思ってます。簡単に説明しますね。デザインとは生活です。人類最初のデザインって〝仕切り線〟だったと僕は思ってます。食物と薬草や住居と墓場を区分けする線。線が必要と考えたのは様々な生活を営む人々です。一本の線は誰でも引くことができましたが、形や構造が複雑になってくるとそれは専門家の仕事になります。技能と創造がアプリケーション化されたいま、線を引く=デザインは専門家から生活者の手に戻されました。これからは、子供デザイナー、家事デザイナー、営業デザイナーなど、様々な生活者による本来的なデザインが必要になります。そしてその多様なデザインをサポートするのがこれからのデザイナーの大事な職能になるんだと思います」。デザイナーの定義の変化とも言えますね。

ビジネスとの関係性も変化!デザインそのものを見つめ直す

 2021年に、活動拠点を東京から京都に移した理由について伺いました。「いろいろな理由がありますが、一番は渋谷の終焉です。日本にたくさんある街のひとつになっちゃいました。京都市京セラ美術館の仕事で1年間頻繁に京都を訪れたのと重なって、バイバイ資本都市って引っ越しました」と松本氏。事務所候補が複数あった中、最後の決め手は植物園だったそう。「植物園の、とくにベンチの位置が素晴らしいんです。東京で座りたくなるベンチはほとんどないんですよね。いまは植物園でメール返信してます」。
 生活に変化はあったか伺うと「むっちゃ変わりました。東京って〝舞台〟みたいな街で、生活にも演出がされてる感があるんですが、京都では生活がそのまま生活として営まれています。〝デザインは生活〟と言っておきながら生活をちゃんと体現できていなかったんだなと痛感しています。いま改めて、生活とデザインの関係を考え直しているところです」。


[2]平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989‐2019(京都市京セラ美術館2021/01/23-04/11)
松本氏デザインによる「平成の壁」

 仕事の変化という点でも「いろいろと変わってます。場所の違いもありますが、やはりコロナは大きいですね。人々の内面に向かう時間が増えた今、デザインもそれに反応します。広告で言えば、商品そのものではなくその商品にまつわる生活や社会にフォーカスすることが求められるようになりました。これは生活者の手にゆだねられたデザインというものが、みんなが使う言葉のようなものになりつつある状況とも関係していると思います。デザインが伝える情報を人々がより深く読み取るようになって、デザイナーはこれまで扱ってこなかった領域をデザインしないといけないのです」。
 デザインがデザイナー以外の手にゆだねられ、誰もが普通に使う言葉のような存在になりつつあること、さらに「言葉は文法や使い方の教育がある一方、デザインはこれからようやく広い視点からの整理がなされる」など、デザインの本質にふれる興味深い話でした。

ツールの進化がもたらした課題を「思考」するプロとして乗り越える

 「近い将来、デザインは〝選ぶだけ〟になります。デザインを選ぶのは、小学生や主婦や営業職、もしくは商品などデザイン対象に近い専門家、などです。デザイナーは小学生や専門家の案内人のような役割になるのでしょう。聞こえは悪いでしょうが僕はマニピュレーターと名付けています。デザインを選ぶ小学生や専門家は、キャッチコピーの効果や写真の情報性や色の効果や形の形象性を知りません。用紙や印刷やデジタルサイネージの特性もわからないでしょう。マニピュレーターはその職能をフルに生かし、小学生や専門家と対象について掘り下げ思考し、AIの物量では解決できないオペレーション=クリエーションをするんだと思います。これは〝デザインを生活から考える本来的で幸せなひとつのかたち〟だと思います」という視点は、松本氏ならでは。
 さらに、あらゆる仕事の本質に関わる、「根っこ」の話が興味深かったので紹介しておきます。「仕事によって要求はまちまちです。時代や社会情勢への配慮も重要です。場所が異なれば意味も大きく変わります。いやな言葉ですが〝時代と寝る〟必要がデザインにはあります。そんな仕事を続ける中で僕が大事にしていることは〝根っこ=自分から離れない〟ことです。僕の場合、根っこにあるのはやはり絵で、形象は何を語るのか?を一生のテーマにしています。僕世代のデザイナーには同じように考えているデザイナーは多いと思うんですが、これからは様々な根っこを持つ人々がデザイナーやマニピュレーターになるんだろうと考えてます。楽しそうですよね」。確かに心に響くお話です。
 皆さまも、「会社員」「経営者」等の枠でなく、社会に対して果たす役割を示す言葉探しが、ご自身の「根っこ」の再認識につながるかもしれません。これを機に考えてみると、意識していなかったデザインとの接点にも気付くはずです。

(株式会社フジプラス)

まとめ

■今起きているのは、過去のデジタル化から進化した「創造のアプリケーション化」。
■デザインが伝える情報が変化したことで、デザインは言葉のような存在になり始めている。
■近い将来「デザインを生活から考える、本格的で幸せなひとつのかたち」が新たに生まれる。

過去の作品等の詳細は、こちらでご覧いただけます。
http://www.sarubrunei.com/

※所属及び記事内容は、2022年3月当時のものです。

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