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弊社の新しい情報やトピックスを掲載しています。
コーポレートシンボル変更のお知らせ
不二印刷株式会社は、社是「共生」の精神を継承しながら、自ら進化し変化を遂げるため、不二グループとして、新しいコーポレートシンボルを導入することを決定しました。2013年10月1日より、名刺・封筒・社章・看板を始めとした様々なアイテムに順次導入して参ります。
■新たなコーポレートシンボルについて
これは不二グループの新たな出発を象徴するコーポレートシンボルであり、不二グループブランドを表すものです。その特長は、次なるステップへと前進する姿を想起させる、若々しい印象の英文。さらに、印刷だけでなく新しいものを「プラス」し発展していく企業としての姿勢を、「プラス」記号で表現し、組み合わせにより進化するイメージを表しています。お客様のビジネスに寄り添う提案型企業へと、さらに一歩前進して参ります。次なるステップへと前進する新生不二グループにどうぞご期待ください。
Digital Print Forum「Idea4U」特別企画セミナーを開催しました
2013年7月3日(水)、株式会社モリサワ本社セミナールーム(大阪市)でDigital Print Forum「Idea4U」特別企画セミナーを開催しました。当日は多くの企業様にお集まり頂きましたことに心より感謝申し上げます。
- 基調講演
地域活性化を成功させるために~地域ブランド化を目指して~
株式会社ゴールドボンド 代表取締役
大平 孝 氏- ワークショップ1
タイムリーな意志決定を支える分析環境とは~分析を武器に意志決定を行う現場より~
株式会社ブレインパッド
セールス&マーケティング部 セールス第1グループ
福澤 淳基 氏- ワークショップ2
顧客視点と顧客優先を考慮した顧客の意志決定に優位となる仕掛けづくり
株式会社サブライム
代表取締役
木村 信幸 氏- ワークショップ3
ビジネスプラットフォームを活用した効率的かつ効果的なマーケティング支援のご提案
株式会社プルキャスト
代表取締役
岡本 幸憲 氏
モトヤ「P-1 GRAND PRIX 2013大阪」で優勝しました
2013年2月1日(金)・2日(土)の2日間、OMMビル(大阪市)で開催された「MOTOYA COLLABORATION FAIR 2013」併催のポスターコンペ「P-1 GRAND PRIX 2013」にて、弊社クリエイティブ本部GSグループの作品が優勝しました。
- タイトル
- 扉の数だけ家族の幸せ
- 作者
- 中山卓哉・中尾このみ・大蔵有紀・中島真紀子
【ご案内】年末年始の営業日のお知らせ
一年間ご愛顧ありがとうございました。
また、平素は格別なるご高配を賜り厚く御礼申しあげます。
さて、誠に勝手ながら、弊社の年末年始の営業は、下記の通りとさせていただきます。
お客様には大変ご不便をお掛けいたしますが、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
【年末の営業】
2012年12月29日(土)18:00まで
【休業】
2012年12月30日(日)より2013年1月6日(日)まで
【年始の営業】
2013年1月7日(月)9:00より、平常通り営業いたします。
※尚、休業期間中にお問い合わせ頂きましたメール等に関しましては、2013年1月7日(月)以降に対応させていただきますので、何卒ご了承頂けます様お願い申し上げます。
今年一年ご愛顧を賜りまして大変感謝申し上げますとともに、皆様のご多幸をお祈り致します。
『ビジネスケースと図解でわかる!サプライチェーン・ロジスティクス戦略モデル』不二印刷株式会社より出版開始のお知らせ
報道関係者各位
プレスリリース
2012年09月28日
不二印刷株式会社
『ビジネスケースと図解でわかる!サプライチェーン・ロジスティクス戦略モデル』
不二印刷株式会社より出版開始のお知らせ
不二印刷株式会社(本社:大阪市北区、代表取締役社長:井戸 剛)は、このたび、新刊『ビジネスケースと図解でわかる!サプライチェーン・ロジスティクス戦略モデル』を出版開始となりましたので、ご案内いたします。
本書は、サプライチェーンマネジメントの概念とロジスティクス戦略の概念を融合し、上流から実行系に至るまでの領域を「組織」「プロセス」「システム」を軸に、合理化、効率化、標準化、集約化、適正化された戦略モデルの事例を具体的なビジネスケースと体系的な図解でわかりやすく解説しています。 これは、業務を縦横する営業、生産、調達(購買)、物流といったサプライチェーンやロジスティクスに直結する主要部門の事業改善施策上における業務目標実現可能性を追求するモデルでもあります。
加えて、企業におけるサプライチェーン・ロジスティクス上で起こり得るとされる「サービスの低下」「品質の劣化」「コストの嵩張り」など、企業が抱える課題について、本書に記載している戦略的方法論、改善モデルを用いることで、本質的な問題解決のヒントを導くことができ、企業にとってのベストプラクティス構築のために役立つ支援ツールとなり得ます。
■書籍紹介ページ
Amazon ストア
■本書の構成
・第1章 SCL戦略概要
・第2章 SCLの組織設計モデル
・第3章 SCLの業務プロセス設計モデル
・第4章 SCLのIT戦略モデル
■著者略歴
磯村 誠二(Seiji Isomura)
日本ヒューレット・パッカード株式会社 勤務
エンタープライズサービス事業統括
アプリケーションビジネスサービス統括本部 所属
ソリューションアーキテクト・ビジネスコンサルタント
大手総合物流会社の物流現場、情報システム部門、営業企画部門を経験後、外資系コンサルティングファーム、日系コンサルティングファームで活動。 その後、日本ヒューレット・パッカードへ移籍し、グローバルセールスイネーブルメント本部を経て現在に至る。主に製造業のSCM、ロジスティクス、物流をはじめ、ERP、CRM、HRMにおける業務プロセス改革(BPR)の実行系コンサルティングプロジェクトに従事。 現在は、グローバルを主体とした製造業、流通業、物流業、金融業など幅広い業界・分野において、プリセールス活動をリードする傍ら、ビジネスモデル設計、業務・ITプロセスコンサルティング、アプリケーションのソリューションコンサルティング、グランドデザインなどを担当。
■書籍概要
・発行日:2012年7月31日
・定価:2,100円(税込)
・磯村 誠二 著
・A5判
・260ページ
・ISBN:978-4-9906590-0-4
<本件に関するお問い合わせ先>
不二印刷株式会社
営業本部 ソリューショングループ
担当:江藤
電話:06-6312-0333
お問い合わせフォーム:https://dsmile.fujiplus.jp/inquiry
日本の印刷2012年5月号「製造業からサービス業へWeb to Printを活用した生き残り戦略」
全印工連 産業戦略デザイン室と全印工連・東印工組教育労務専門委員会が印刷業の業態変革において大きなカギを握るとみられるWeb to Printについて、先進的に取り組む3社の講演会を2012年3月5日~6日にかけて実施し、弊社社長 井戸 剛が講演を行いました。講演会の模様は、2012年5月10日発行の「日本の印刷」2012年5月号に掲載されました。
付加価値創造の一環としてのWeb to Printの取組み
不二印刷(株)
「提案力」「創造力」「技術力」を融合させてお客様の問題解決に取り組む「マーケティング・サービス・プロバイダー」を目指す不二印刷(株)の代表取締役社長 井戸 剛氏より同社のWebto Printの取組みについてお話を伺った。
以下はその要約である。
理念の共有と活発な社内コミュニケーションを重視
当社は1933年創業で、現在グループ会社を含めると約180名の従業員がいる。印刷設備はオフ輪5台とデジタル印刷機で枚葉機は保有していない。事業内容はギフト会社、通販会社、旅行代理店などのカタログ、パンフレット、チラシなどの企画・デザイン・制作・印刷を行っている。
カタログを作る部署の面倒な業務を引き受けるというのをモットーとしており、いわゆるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を狙っている。お客さんと印刷会社との境界線をいかに相手側に持っていくかを試行錯誤している。
システム開発系(SE、SI)が全従業員の3分の1、デザイナーなどのクリエイティブ系も3分の1程度いる一方で印刷現場は加工も含めて30名くらいである。印刷機を保有している制作会社という表現が感覚的には合う。
社員の有資格者にはITパスポート(旧:初級シスアド)取得者が30名、DTPエキスパートが21名いる。
クレドと呼んでいる会社の信条(価値観を20項目にまとめたもの)を全社員で共有して社員のベクトルを合わせているほか、社内コミュニケーション活性化のためにさまざまな取組みを行っている。一例としてシャッフルランチという制度がある。これは毎月1回会社が1人1,500円を支給して、普段接点がない相手と1時間かけてランチをするというものである。ランチの相手は会社がランダムに選ぶようになっている。
また、サンクスカードという制度がある。これは普段なかなか言葉に出していえない感謝の気持ちを一声添えてカードで渡すというもので、基本は役職が上の人が下の人に渡すものである。役員は必ず月に20枚使うことが義務付けられている。カードのデザインはクリエイティブ部門の社員に仕事の合間にお願いしていて現在は300種類くらいある。
そして、年に2回全社員が集まる社員大会を実施している。工場も止め東京支店や関連会社の社員も全員集まり、会社の基本方針説明にはじまり各種表彰、外部講師の講演、懇親会など12時間かけて行う一大イベントとなっている。
前段の仕掛けがカギを握るデジタル印刷ビジネス
当社ではWeb To Printを2006年に導入した。オフセット印刷の将来に不安を感じたからである。
導入にあたってアメリカに視察に行ったところ、結局ハードはどこのメーカーでもよくて、前工程のソリューションが重要だということがわかった。
そこで、デジタル印刷機よりも先にPressSense社(現PageFlex社)のWeb To Printのシステムを導入した。
Web To Print は工程の自動化とセットで考える
Web To Printの定義はさまざまであるが、狭義ではWebで受注した後、印刷・後加工まで自動化された仕組みととらえており、当社のWeb To Printはそこを目指している。営業、工務の伝票入力をなくすことまで含め、極力人が関わる部分をなくしていきたい。
一方で顧客窓口としてのWeb To Printは、24時間文句を言わず計算ミスもしないで営業マンの代わりに働く一つのインフラとして考えている。 Web To Printの品目としては、バリアブルのDMやカレンダー、フォトブック、在庫レス再版システムなどがある。 システムの選択肢として、自社開発、パッケージソフトを購入してカスタマイズという二つがある。当社ではほとんど買ってきたものを使っている。外部のツールを組み合わせて、つなぎの部分だけ社内開発というパターンが多い。ツール同士をつなぐことで効率化が図れる。開発には専任のSEを5名置いている。市販のツールは印刷品目の向き、不向きがあるので、お客様によって使い分けており、現在5~6のシステムが稼働中である。 日本語化されているツールは少ないので、海外製品をそのまま導入することもある。当然、設定や操作に関する質問は英語でのやり取りとなるが、最近はインターネットの自動翻訳機能が向上していることもあり、語学力がなくてもやってみればなんとかなるという印象である。
営業のフックとして機能するWeb to Print
Web to Printのビジネスは当初の見込みよりも早く立ち上がった。売上の絶対額としてはまだ大きくはないが、営業のフックとして大いに機能している。最近は「印刷の仕事ありませんか?」だけでは営業トークが続かないし、お客様に会ってもらうことも難しい。こうした提案を仕掛けることで、ソリューション志向の強い会社として認知してもらえる。またローカル局ではあるが「ネーム・イン・フォトカレンダー」がテレビ取材を受けるなどパブリシティの効果も大きい。
今後は海外進出も視野に
今後の展開としては、アジアなど海外へのサービス展開を視野に入れている。印刷業と海外との関係でいえば、DTP作業など仕事の依頼先という印象が強いが、Webという特性を活かしつつ海外の仕事を取りに行きたい。
また、Facebookと連動した印刷サービスを提供していきたい。Facebookにアップロードされた画像データをポストカードなどに印刷する。それから、最近同業者からのWeb to Printサービス立ち上げの相談が増えているので、このサポートをビジネスとして立ち上げる。さらに自社コンテンツ(BtoCサービス)の強化、設備ではデジタル印刷のさらなる強化を行っていく。
これらの取組みにより製造業からサービス業への転換を進め、マーケティング・サービス・プロバイダとしての地位を確立していきたい。
The HP Print Excellence Awards 2012で審査員特別賞を受賞しました
報道関係者各位
プレスリリース
2012年5月7日
不二印刷株式会社
不二印刷株式会社、「The HP Print Excellence Awards 2012」で審査員特別賞を受賞
~優れたデジタル印刷ソリューションに高評価~
不二印刷株式会社(本社:大阪市北区、代表取締役社長:井戸 剛)は、優れたデジタル印刷ソリューションに対し贈られる「The HP Print Excellence Awards 2012(*1)」の「Publishing」部門で審査員特別賞を受賞しました。
「The HP Print Excellence Awards 2012」は、世界中の印刷・パッケージ業界の優れた作品に対し、その成果と革新性を称えて贈られるもので、今回は47カ国から21のカテゴリーに対して364の応募がありました。
授賞式は2012年5月3日、デュッセルドルフにて盛大に行われました。
弊社は「HP Digital Print Awards 2010(*2)」金賞受賞に引き続き、ワールドワイドを対象にした今回の受賞により、デジタル印刷分野においてさらなる創造性を磨き、従来のオフセット印刷とは全く異なる、効果的かつ高品質のサービス提供に取り組んでまいります。
*1:これまでのアジア・太平洋地域だけではなくワールドワイドを対象に、Dscoop Worldwide 2012と共催でドイツにて開催されました。
*2:HP Indigoによって2008年に創設され、これまでにシンガポール、北京、ソウルで開催され大成功を収めました。
■不二印刷株式会社が目指すもの
不二印刷は昭和8年の創業以来、お客様のニーズの変化に常に対応し、また時代を先取りしながら新たな技術を積極的に導入してきました。とくに近年は、新たな変革の時代に突入し、技術が急速に進化しています。
そんな中で、わたしたちは、今後ますます成長が予想されるデジタル印刷へもいち早く進出し、さまざまなサービスを展開しています。「マーケティング・サービス・プロバイダー」として、従来の印刷業務にとらわれない付加価値を創造し、お客様の販売促進の支援やコストダウンに貢献することがわたしたちにできる最大のサービスだと確信しています。
■不二印刷株式会社 会社概要
【所在地】
本社:大阪府大阪市北区南森町1-2-28
東京支店:東京都港区浜松町1-2-14 ユーデン浜松町ビル6F
【代表者】
代表取締役社長 井戸 剛
【主な事業内容】
ギフト・通信販売・旅行代理店のカタログ・パンフレット・チラシなどの企画・デザイン制作・印刷
URL:https://fujiplus.jp
<本件に関するお問い合わせ先>
不二印刷株式会社 管理本部 担当:向井
電話:06-6312-0333
お問い合わせフォーム:https://dsmile.fujiplus.jp/inquiry
モトヤ90周年記念大会「P-1 GRAND PRIX PREMIUM 2012」で準優勝しました
2012年2月3日(金)・4日(土)の2日間、OMMビル(大阪市)で開催された「MOTOYA COLLABORATION FAIR 2012 大阪」併催のポスターコンペ/モトヤ90周年記念大会「P-1 GRAND PRIX PREMIUM 2012」にて、弊社GSグループの作品が準優勝しました。
JAGAT info2012年1月号「事業承継と新創業 新たな領域への挑戦」
2011 年11 月22 日「経営シンポジウム2011 不易流行の経営 事業承継と新創業を考える」
第2部ディスカッションに弊社社長 井戸 剛がパネラーとして参加しました。
ディスカッションの模様は、2012年1月15日発行のJAGATinfo1月号に掲載されました。
経営シンポジウム2011 不易流行の経営~事業承継と新創業を考える
第2部 ディスカッション「事業承継と新創業 新たな領域への挑戦」
<モデレーター>
一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授 菅野 寛 氏
<パネラー>
株式会社金羊社 代表取締役社長 浅野 健 氏
不二印刷株式会社 代表取締役社長 井戸 剛 氏
日本電鍍工業株式会社 代表取締役 伊藤麻美 氏
菅野 成熟した業界の中でいかに事業を成功させるためのチャンスを見つけるのか、あるいは見つけたのか。なおかつそれをどのように実際の事業に落とし込んで成果を出すかについて探りたい。もう1つは、2代目、3代目の経営者としてどのように事業を継承して、ビジネスを育てていくのかに焦点を絞って3人の経営者にお話しを伺う。
浅野 私の祖父は長野県で高等学校の教師をしていたが、「これからは印刷がいいぞ」と言われて、明治時代に東京へ出て、印刷会社に職を見つけ、後年独立する。しかし、関東大震災で全てなくし、大正15年に私の父が再び起業したのが金羊社である。現在、従業員が約280名。主なマーケットが音楽、映像である。音楽分野においては現在でもCD周りの印刷物に関してトップシェアである。このほかDVD、Blurayなどの映像周りのものも扱っている。この市場に特化したことは結果としては間違っていなかったが、特化したマーケットが縮小していく状況にある。それは5年くらい前から予測していたので、幾つか新しい展開を始めている。
井戸 不二印刷は昭和8年創業で79年目になる。昭和42年にいったん倒産しかけて、現会長である私の父が再建に当たった。私は大学を卒業後、大手都市銀行に入り当初は会社を継ぐ気はなかったが、以下の3点から不二印刷株式<会社に転職することになった。①働いていくスタンスが一緒であったこと、②まだまだ印刷業もやり方次第で伸びていくだろうという確信、③会社を経営できるチャンス。当社は通常の印刷会社とは異なり、デザイン会社とシステム会社と印刷会社が3 つ合わさったような会社である。オフ輪部門ではまだまだ大量印刷が中心で、ギフト関係や通信販売関係が多い。最近はデジタル印刷にも力を入れている。
伊藤 日本電鍍工業は、表面処理、金属メッキがメインの会社である。55年ほど前に父が埼玉県に創業した会社で、当初は腕時計のメッキをメインにしていた。父はメッキが非常に専門的な分野で、誰もが経営できるわけではないということで、将来を見据えてメッキにこだわらない経営を考え、多角化を進めていた。しかし、父が急に亡くなったことと、父の死後を継いだ経営者が変化を拒み腕時計に依存し過ぎた。腕時計が成熟産業になり、生産拠点が海外にシフトしたことや放漫経営もあり、倒産の危機に瀕した。私は会社を継ぐ予定はなく、ラジオのディスクジョッキーをして、その後アメリカに留学して宝石の鑑定士、鑑別士の資格を取って自分の人生を生きていた。しかし、父の興した会社がなくなるかも知れないという話を聞いて守りたいという気持ちが強くなった。その思いは人一倍あり、経営を引き受けた。現在では時計が2割ほどで、それ以外は医療関係、精密部品、管楽器、美容に関するもの、アクセサリーのメッキなど、完全な少量多品種をこなす会社に生まれ変わった。当社は日本で製造し続けることにこだわり、市場のニーズに応えられるような会社を目指している。
いかにビジネスチャンスをつかむか
菅野 成熟産業という市場的には厳しい状況にありながら、どのように事業機会を見つけるのかについてから議論を始めたい。浅野さんは映像、音楽に特化してからどのように進んでいったのであろうか。浅野 印刷産業もそうだが、日本の音楽産業も音楽CD生産6000億円台だったのがピークで、今は3000億円を切っている。DVDが登場しているが、両方合わせても6000億円にはならない。しかし、音楽配信、ライブがあり、音楽そのものが減少しているとは考えていない。印刷業は成長する過程でも競争はあったが、アナログの時代は職人の世界が生きており、カラーの○○印刷、組版の○○印刷など特長を生かせる時代であった。しかし、デジタルの時代になって特徴をお互いに見出せなくなり、価格競争になってしまった。これはニッチであった音楽、映像産業市場でも同じである。その中でトップをいかに守るかとなると、当たり前のことをきちんとこなし、品質面、納期面でお客様からの信頼を得なければならない。また、今までやってきたことを更にシェイプアップしていけば、方法は見えてくるだろう。そのためには価格以外の価値でお客様に喜んでもらえるスタイルをとる。その1 つとして、新たな音楽との出会いを見つけられるWebサイト運営やアーティスト関連グッズの開発にも注力をしている。
菅野 井戸さんには、デザインとシステムと印刷の3つの事業で具体的にどういう仕事をするのか補足をいただきたい。
井戸 デザインやシステムは、印刷の川上や川下事業の1つだと思っている。通信販売をされているお客様では、以前は印刷するだけの仕事であったが、デザインも、モデル・商品撮影もやろうということになった。その次のステップでは全体的なマーケティングのお手伝いをしていく形になり、デザイナーやカメラマン、プランナーなどクリエーターが集まってきて、印刷に関連する仕事を一気通貫でやれるようになった。印刷物の制作は川上から川下までの一連の流れで、ワンストップサービスを進めていくという戦略でやってきた。
菅野 印刷から始めて、川上と川下にもお客様のニーズがあるというバリュー・チェーンの発想である。伊藤さんの会社は、主力だった腕時計分野が2割以下になったということだが、どのようにお客様を開拓したのか伺いたい。
伊藤 倒産の危機に瀕していたので、まず赤字体質から脱却しないといけない。それには売り上げを上げることで利益を得るしか方法がなかった。恐らく人員削減ができれば黒字転換はもっと簡単にできたのだろうが、それは絶対にやらないと決めていた。私が入社する前に1度リストラを行っていたからである。人を切らないでも利益を出すためには、それまでと違った体質の会社にしなければならない。しかし、資金がないし、借り入れも多く、新たには借りられないので設備投資ができない。簡単には新たな分野を開拓できない状況だった。実はメッキにはいろいろな種類があり、1社で全てを賄えるわけではない。液も違う、設備も違う、ジグも違う。それらで差別化を図っていく。時計の設備で売り上げを増やすのは困難で、なかなかターゲットが見つからない。そこで、私が考えたのはインターネットである。社長に就任した2000年当時は、中小企業でHPを持っていたところはまだ少なかったこと、製造業向けの受発注ページがあったのでそこに登録したことなどで、徐々にお客様が増えていった。さらに、当社の貴金属メッキというキーワードで考え、メッキの勉強を兼ねて当社の得意不得意を分析していったら、それが結果SWOT分析になっていた。それを基に身近なマーケットはないのかと考えた。また、当時は携帯やパソコン、IT 関係が伸びていたので、そこに参入すれば簡単に売り上げだけは伸びたはずである。しかし、設備投資ができないことと、それだけ市場性が活発になると価格競争になる。レッドオーシャンではなくブルーオーシャンに行きたいので、そこで更に考えた。自分がお金はなくとも絶対に切り詰めない分野で、メッキが関わる分野は何であろうかと。それは、医療と健康と美容である。それらに絞って営業した結果、売り上げはそれほど増えなかったが、仕事内容が変わり利益体質になった。
菅野 お客様のニーズをいかにしてつかむかであるが、分かり切ったお客様ニーズであれば、みんながそこに殺到し、結果、競争が厳しくなり儲からない。井戸さんの場合は、通販の仕事で印刷だけではなくて、その川上、川下業務まで手掛けるきっかけは何だったのだろうか。
井戸 簡単に言うと、仕事の受け渡しをする際、ためらわずにお客様の仕組みに入りこんでいったことだと思う。印刷自体には大きな差がなく、ほかの会社に発注されることもあり得るので、印刷だけではいつ仕事がなくなるか分からない。お客様が面倒に感じる手間のかかる部分を当社で受け取ろうということである。具体的には、①お客様がいろいろな会社とやり取りしていることを「当社で全部やります」、②表を作って消し込みしているという話を聞くと「全部当社がシステム化します」といったように、アウトソーシングの部分から入り込んでいった。発注部門に成り代って仕事をしていたので、気がつくと当社がいないとお客様が発注できない仕組みを構築した。このように、お客様の仕組みに入り込むことを1 つの目標としている。
菅野 印刷会社がそんなことができるのだろうかとお客様側は思っても不思議ではない。どのようにやったのか。
井戸 システムから入っていく仕事では、社名に「印刷」とあることが受注の障壁になった。とくに大手ほど、印刷会社にシステムができるわけがないという思い込みがある。具体的な事例を紹介すると、印刷を担当していたお客様からインターネット絡みで、システム案件のオファーがあった。競合相手は、有名な大手IT 関連企業だった。最終的には、開発をする会社としてIT 系の名前を持った会社を設立し、窓口は不二印刷という形にして受注できた。
菅野 価格以外でも選んでもらうために、お客様のニーズを見つけるために、どのような工夫をしているのかを浅野さんに伺いたい。
浅野 競争の激しいマーケットで価格以外に何があるかを考えると、1 つはお客様からの信頼感である。「君に任せれば少し高いけれども安心だ」というものである。また、お客様が「そんなこともやっているの」という驚きで、ある意味でのワンストップサービス型である。いずれにしても、相見積もりを避けるには、川上の更に川上で、例えばアーティストやプロダクションから直接指名をいただく、アルバムの制作過程にも参画させていただくなどがある。それらを実現するために、「音楽好きによる音楽好きのための出会い系サイト」を当社で運営している。このサイトはミュージシャンに、「あなたがお休みになるときにどんな音楽を聴いていますか」などの質問で、好きな音楽を推薦してもらう。紹介された曲は購入先をリンクしたり、フリーで頭出し15秒を聴けるようにしたりしている。これがやがては何かビジネスに結び付いていくという確信のもとで進めている。今年から日本レコード協会が始めたアワードで、ミュージック・ジャケット大賞がある。この賞が、なぜ音楽配信が伸びている時代に出てきたのか。それは当社が長年ミュージックジャケットギャラリーというイベントを展開してきたことが無縁ではないと思っている。こういうことが当社の魅力になり、「あの会社と付き合ってみたい」「あそこなら大丈夫だろう」とレコード会社に思わせたい。だから、このイベント開催は経費ではなく、投資であると捉えている。ここを見誤ると、経営をしていても、夢も面白みもなくなってしまう。
経営理念、経営ビジョンはいかに定着させるか
菅野 企業理念やビジョンをしっかり持っていないと、目先の受注競争などに目を奪われて5年、10年経つといつの間にか沈んでいく。何が投資かは難しいが、「エイヤッ」で決めることも経営者には必要である。逆にそれをやらないと未来がないということは分かっているとしたら、なおさらである。伊藤さんは、倒産寸前のときにどうやって理念を掲げて組織を引っぱ<っていったのか。
伊藤 当社の経営理念はアースフレンドリーである。環境のことではなくて、お客様をはじめ協力してくださっている方々、社会を含め地球全体から愛される企業を目指すということである。だから倒産しそうなときにでも私は人を守ろうと思った。いかに私が社員を愛するかということで、要するに愛を知らない社員が愛情を持って品物を作れるのかということがある。お客様が我々のメッキした商品を手に取ったときに、「良かった」「うれしかった」「本当にいい製品だ」と思っていただきたい。利益を出さなくてはいけないが、儲けばかりを考えて仕事をしても良いものは絶対に生まれない。愛情やプライドを持って仕事をしてこそ、もの作りだと思っている。当時48名いた社員は賞与も出ない中、何ひとつ文句も言わず頑張ってくれた。徐々に成果が出てきた2009年にリーマンショックがあって、またかなり厳しくなった。それでも、敢えて私は賭に出て、人員を十数名増やした。企業は継続することと雇用維持がミッションだと思っている。そのためには、やはり会社として成長し続けなければならない。2、3年先だけではなくて20、30年先も見なくてはいけない。リーダーは常に成長しなければいけないが、一緒に成長するチームメイトが必要なのである。人を大切にしない企業は人からも大切にされないし、まして絶対に伸びないと思っている。
菅野 井戸さんの会社の企業理念を伺いたい。
井戸 社員の職種が多様化して、会社の中にいろいろな価値観を持った社員が増えた。そこで、社是・経営理念に加えて、信条や会社の価値観をクレドとして20項目にまとめた。クレドを制定した目的は、喜ばれること、嫌がられることを組織の価値観としてフェーズを合わせようというものである。クレドの内容は、「挨拶をしよう」「人と話すときは目を見てメモを書こう」「人の悪口を言わない」など、社会人として当たり前のことがほとんどである。それを毎日1つずつ、朝礼や打ち合わせのときに読み合わせをすることから始めた。クレドは、名刺サイズのカードとして常に携帯している。各自が実現しようと考えるクレドを持ち歩く「マイクレド」も始めた。今は社是・経営理念・クレド、会社と各部門の方針などを掲載した社員手帳を全社員に配布している。また、工場も全部止めて、グループ企業も含めて200人弱いる社員全てを集めて、年2回、1日かけて会議を開催している。そこでは、事業方針などの発表だけでなく、会社・部門の違う社員がコミュニケーションを取れる仕組みも入れている。
菅野 理念や信条をきちんと理解して上手く機能し出すと、社員は自分でものを考えて判断できるようになってくる。マニュアルにないことが起ったときに必ず信条に戻って判断して行動すればよいから、自分で動いてくれる。これは経営者にとっては非常に素晴らしい状況である。浅野さんのところは経営理念、ビジョンはどうだろうか。
浅野 「いかなる時も社会とマーケットから信頼され、誇りと創意と感謝に溢れた人間集団であり続けたい」。これが当社の経営理念である。ビジョンでは3年後、更にお客様に役立つには今何が足りないのか明らかにしてそれ補っていくことが基本だと考えている。3年後も必要な会社だと言われるために足りないものはたくさんある。それらに優先順位を決めてタイムスケジュールを区切っていけば中期の経営計画になる。優先順位を決めれば単年度予算計画にもなる。さらにマーケットの成長性、世の中の変化を捉え、常に新しいことにチャレンジすることをいとわない企業風土を作っていきたい。そのときのポイントは自社の経営資源だけで可能かどうかの判断である。もし、自社の経営資源だけで難しいなら、一緒に進めるパートナーを探す。そういう意味で自社の経営資源をより豊かにするため、これからはアライアンスを視野に入れていきたい。
失敗を次のステップへの学びに
菅野 失敗談、あるいは失敗から何か学んだことがあれば伺いたい。
浅野 問題は失敗をどう評価するかである。20年前、カレンダーコンテストに参加して、菊全のカレンダーを企画した。著名カメラマンを起用するなどかなりの費用を掛け、力を入れて製作した。それをいろいろな媒体にプレゼントした。それなりの反響もあり、自分では大成功だろうと思った。そこまで費用を掛けて製作したのは、美的センスのある、それを忠実に再現できる、本物よりもいいものを仕上げる技術を磨く、そういう風土を作ろうという思いだった。しかし、その想いを伝え切れずに継続できなかった。
井戸 私はポジティブな性格なので、失敗を失敗と思わないし、そのままプラスに変えていこうと常に思っている。当社はこれまでカリスマ性のある父親の下で働いていたので、日本経済の成長期は言うことを守っていたら会社が回っていた。そのため、中堅層が薄いので、社長就任以来その中間層を育てることに注力してきた。「人財」はかなり育ってきて、非常に面白い「人財」も採用できた。しかし、そのことに注力し過ぎたのか、私の視野が内向きに入り、外をきちんと見る、俯瞰することができていなかったことが失敗であり、反省すべき点だと思う。
伊藤 私も、失敗を失敗とあまり感じないというか、失敗を成功に持っていくまでやり続けるという少ししつこい性格である。4年ほど前に、権利ばかりを主張し社内の和を乱すので、ある社員にやめていただいたが、辞めさせ方に少し問題があってストレスを感じた。社員は大切にしているが、問題があって改善が見込めない場合に、時としては判断しなくてはいけない。私が毎年全社員と面談をする中で、その社員は3年間ずっと約束を守らなかった。結果、裁判になって、和解で解決はできたが、結果オーライとはいえもう少しスマートなやり方があったかもしれない。
菅野 ポイントは、失敗を失敗に感じないで、そこから学んで失敗を成功に持っていくこと。私も我が社も、1つ成長できた貴重な体験だったと思える前向きな発想である。もう一つは、普段善人であるから鬼になるときは鬼になれる。鬼になっても周りは納得して付いてくる。伊藤さんの判断はまさにそういうことである。次に事業継承はどうだったのだろうか。また、先代を継いで苦労したことは何か。
浅野 私は15歳のときに父を亡くしたので、直接、父から社長職を引き継いだわけではない。父の後に社長をした人から44才のときに引き継いだ。その人は会長になった。社内外とも社長として私を見るが、実際には会長が実権を握っていた。そのうち社内社外ともに権力の中枢はどこにあるか見抜いて、決定事項について会長の意向はどうかを私に確認する。これはいい勉強の時間であったと思う。その後いろいろあって会長職を退いてもらった。それで、自分で全て決断できるようになったが、もう誰のせいにもできないと感じた。自分の中で会長がいるからやりにくいのだという言い訳ができたので、会長がいることは嫌だったけれど、実は楽だったのである。そのせいか、雲が晴れて青空になったときに、今までさんざん悩み考え優先順位も作っていたのに体が動かなかった。中期経営計画を立てるなど、自分がしたかったことを徐々にやり始めたが、ともかく最初はスピードが出なかった。
伊藤 父の後に経営を任せていた人が会社をおかしくした。経営を担って10年もしないうちに、資産が豊富でほぼ無借金の状態から10数億円の借金ができて、金融機関との関係も悪くなった。私は最初、監査役として、その後取締役として経営に参画した。あまりにも状態が悪くて誰も経営を引き受けてくれない。その中で私は父が築き上げたものを守りたい、社員を守らなければいけないという思いにかられて経営を引き継いだ。しかし、私を導いてくれる人は誰もいない。とにかく全て信用がない状態である。まず、社内の和と信頼関係を築き上げることと、資金がない中で会社を回すこと。そして金融機関との信頼関係を築き上げることに力を入れた。当時の当社の信用力や、32歳の社長で、女性だからという目もあったように思う。そういう意味ではその辺が一番厳しかった。
菅野 井戸さんは、いかがだろうか。
井戸 銀行員として普通に人生を送ろうと考えていたが、冒頭で挙げた3点以外に、使命感だけでなく、運命を感じて入社した。最初の仕事は「お前、運転手をせい」と父である社長(現会長)の運転手もした。朝迎えに行って、夜も酔っぱらいの父を送って帰る(笑)。その後、自分のできることを一つひとつやり続けていて、4年前に社長が替わることが決まった。
菅野 継承に伴う共通した問題は、新社長は経験が不足しているので、社員が先代を信じてしまう。どのように社員の人心を把握していったのか。
浅野 企業とは人が人を豊かにするために作った人の集団である。だから、企業の主役は常に人でなくてはおかしいと思っていた。会社は、それぞれの人たちが自分の意思で選んだ、その人の人生を豊かにするための道具であると定義付けしている。そのことを早く社員の皆さんと共有したいという思いがあった。だから、まず、1年掛けて全社員とミーティングをして、働くことの意義を話し合った。その中で何でもいいから1 つ、日本一になろうということを話した。
井戸 私はまだまだ新米経営者だと思っているので、現在進行形である。具体的に何かをしているというわけではなく、会社に対しての自分の想い、真剣に会社のことを考えているということを少しでも共有できるように、社員にはなるべく分かりやすく話をするようにしている。
伊藤 私はいきなり外からきた経営者だったので、前経営者に対して不満を持っていた社員たちが、やはり私に対しては不安、前任者に対しては不満で、就任当初はみんなが常に心が晴れていない状態だった。信頼関係を築くために、とにかく毎日毎朝、私から全社員に挨拶に行く。これは今も続けている。当時は更に自分から率先して掃除もした。また、私という人間を知ってもらうために、いろいろなコミュニケーションを取った。最初は会社や前任者への不平不満ばかりで、それを聞くのは私の仕事であると思って3 カ月くらい毎日聞いたが、ある日突然、不平不満を言わなくなった。
経営者に求められる資質とは
菅野 経営者に必要な資質とは何か。またそれは後から学べるものだろうか。
井戸 私自身が経営者としての資質を備えているか分からない状態で日々過ごしているが、「前向きに考える」「ポジティブに物事を考える」ことがなかったら、しんどいと思う。「今日のあの一言が失敗だった」「この判断がミスだった」と、気にしていては体が持たないだろう。さらに何がなんでもやり遂げるという責任感、筋を一本通す意思が必要だと思う。経営者という立場になれば資質があるかないか関係なく、向いていようが向いていまいがやらなくてはいけない。やるためにどれだけ努力をするかが一番大事であると思う。
伊藤 私もポジティブでなければいけないと思う。ポジティブであるためには常に元気でなくてはいけない。だから、自分を元気に保てる何かを持つ必要がある。例えば、それは子どもの寝顔かも知れない。仕事帰りのビール1杯かも知れない。何でもいいので、切り替えるスイッチをしっかり持つことである。それから、目標を持って諦めずに突っ走るには気合いと根性が必要だ(笑)。経営者としての資質とは関係がなく、環境が私を育ててくれると思っている。社員やお客様、周りの方たちから学ぶことも多い。自分が経営者として社員の夢を叶えられるかどうかという思いが、パッションが熱ければ誰でもしっかりとした経営者になれると思う。
浅野 この仕事をしているという誇り、今までの連続で仕事をしないという創意。そして、自分ひとりでここまできたのではないといういろいろな方に対する感謝。この3 つがあると思うのである。それに加えて品性と正義感が必要である。
菅野 私が前座でお話ししたことに近いので、我が意を得た思いである。市場分析、財務諸表が読めるなどのテクニックは必要だが、後から学べる。本当に最後までやり切ろうという気合いと意志と根性が重要で、それさえあれば後は着いてくると私は思う。前向きで明るいことも重要だと思う。また、誇りと品性と正義も非常に重要である。単にお金儲けのため、会社を私物化して自分の夢を実現するためだけに走ると、私が観察してきた例では一時は上手くいっても5、10年経つと上手くいかなくなる。理由は単純で、結局あの人は自分のためにしているのだということが周りに分かってしまうので、いざというときに周りが付いてこない。また、お金のためでない、社会正義のためだと考えると自分も持ちこたえられる。最後に皆さんにお伝えしたことがあればお願いしたい。
井戸 今日のテーマは「不易流行の経営」だが、実は父の座右の銘が「不易流行」なので、運命的なものを感じている。今の環境では、できない理由は幾らでも出てくるが、できない理由を考えるのではなくて、どうやったらできるのかを考えながら前に進みたい。当社は、このところ国籍も豊かにいろいろな「人財」を採用できているので、「人財」を活用しながら明るい未来を築いていきたい。
伊藤 私はずっとインターナショナルスクールで育っているからか、考え方が日本人ではないとよく言われてしまう。海外にいた経験もあるが、逆に日本が大好きで、日本を元気にさせたい。日本の製造業の一員であることにすごくプライドを持っている。その思いをしっかり伝えられようにしていきたいし、女性として経営者になった以上、もっと女性が働きながら子育てをできるような日本にしていきたい。そして、私の夢である100年企業を目指していく。
浅野 当社は5年前に創業80 年を迎えた。そのとき、80年前と現在で何が変わって何が変わらなかったかを比較してみた。その結果、変わらなかったのは社名だけだった。金羊社という企業に皆さんはどんなイメージを持ってくださっているのか考えてみた。それは善良な企業ということだろうと思うのである。当社の「不易流行」はどのように変革していこうと、「善良な正しい企業である」ということである。そして、そういう人たちの集団であり続けたいと思う。
菅野 最後に皆さんにお願いだが、今日の学びは何だったのか自ら考えていただきたい。今日はここで 時間半の時間を使った。それにも関わらず、仕事に戻って考えも行動も何も変わらなかったとしたら、この3時間半の価値はゼロだということになる。私がいろいろな経営者を見て学んだことは、経営者は何からでも学ぶのである。時間を無駄にしない。あることに3時間使ったらその前と後で必ず何かが進歩している。だから皆さんも、ぜひ、何を学んだかを考えて欲しい。
2011年11月22日「経営シンポジウム2011 不易流行の経営 事業承継と新創業を考える」より(文責編集)
弊社代表取締役社長 井戸 剛が「JAGATinfo」から取材を受けました
弊社代表取締役社長 井戸 剛が「JAGATinfo」から取材を受け、2011年12月15日発行の「JAGATinfo12月号 経営者インタビュー」に掲載されました。
社是、経営理念、クレドを大事にし、印刷業からサービス業への展開を図る
不二印刷株式会社
代表取締役社長
井戸 剛氏 に聞く
――御社を簡単にご紹介ください。
会社設立は1933 年(昭和8 年)だが、1967 年(昭和42 年)に倒産の危機に瀕して、現会長が社長として入社し再建した。当社が80 年の歴史を刻み、発展できた背景には、このときに築き上げた不二DNA が脈々と受け継がれていることが大きい。 当社は「進取の気性」によって変革を続けてきた歴史があり、業界では先取りという形で導入したものも多い。また早くからクリエイティブワークの分野を広げてきている。
――社長就任のときに決意したことはありますか。
2008 年の社長就任時、社員のみなさんにコミットしたのは、①いかに不二グループを永続的に存続・成長させていくか、②社員のみなさんとその家族が精神的にも物質的にも、より一層の幸せを感じる組織にするという2 つである。
この思いは就任以来一貫して変わらない。それが社是「共生(ともいき)」で謳う自己優先より利他優先の精神であり、「お客様に感謝される仕事」という経営理念につながる。これらの経営理念を先頭に立って実行していくのが社長の役割である。
当社は全社員が社是、経営理念、クレド(行動規範20 項目を明文化した不二グループの信条)を重視している。これらを日常業務で活かすために、社是・経営理念・クレド等をまとめた社員手帳を作成して、パートを含めた全社員に配布している。
――社員手帳とはどういうものですか。
年に2 回、オフィスも工場も仕事を止めて全社員が参加する社員大会を開いている。上期社員大会では新しい期の経営計画に対して、私だけでなく社員のみなさんにもコミットしてもらうために、一冊ずつ私が手書きで署名したものを全社員に渡している。この社員手帳には社是、経営理念、クレドのほかにも、3 年後の経営ビジョンを明示している。
また新しい期のキーワードを示し、アクションプランを明記している。さらにこのアクションプランに従って、各部門が個別に計画するアクションプランを明示しており、それらに対して自分が今年は何を目標に行うのか、個々人がPDCA シートにまとめていく。朝礼や会議にも必ず携帯している。このほかにも、各部門の業務の進め方やミス・トラブルを起こしたときの対処方法、情報セキュリティー方針、調達に関する方針など、様々な管理や方針、社内ルールも書いてある。
当社の軸になる社是、経営理念、クレドに関しては、最低限ぶれないように厳しく言っている。当社ではこれらの施策がお題目に終わらないように、「愚直に」「地道に」「執拗に」実行している。
例えば挨拶の徹底を掲げる会社は多いが、実践具合は疑問だ。当社では内部の挨拶だけでなく、来社されたお客様への挨拶を徹底させている。当社を訪問されたお客様が普通の会社の感覚でいると、その徹底具合を見てびっくりされている。
―― 3 年後の経営ビジョンはどのようなものですか。
社会全体からすると、紙媒体の地位は年々下がっており、いわゆる「紙の上にインクをのせて印刷するだけ」という事業は減退しつつあり、現状のビジネスにしがみついていては、これ以上の発展は望めない。
従来の印刷業というビジネスに捉われることなく、社会の変化やお客様の新たなニーズを素早く察知し、新サービスや技術を積極的に取り入れている。特にここ数年、印刷業からサ ービス業へと、事業の一大転換を図っている。
デジタル印刷の技術を強みとしつつ、お客様の事業をマーケティングの視点でサポートすることで、「マーケティング・サービス・プロバイダー」として、「お客様に感謝される仕事をしよう」と全社一体となって新たな発展を目指している。
――それら実現するためのポイントは何ですか。
当社の強みは、提案力と創造力、そして技術力という3 つの力。これらを融合することで、印刷の枠を超えた新しいビジネスモデルの構築にも取り組んでいる。そして、この3 つの力を生み出す「人」こそ、不二グループの財産である。
また「会社の成長は、社員の成長ありき」という考えのもと、社内外で様々な社員研修や社内勉強会にも力を注ぎ、提案力、創造力、技術力を持った変化に対応できる人材育成に取り組んでいる。
現在、当社は145 人の社員がいるが、その半数以上は、デザイナーやコピーライターなどクリエイティブな業務に携わっている。社名に「印刷」と冠しているものの、実際には、企画・制作を主体とする印刷機を持っている制作会社に近いと言ってもいいほどである。
また、営業の半数以上が何らかのIT 系資格取得者で、既に当社はサービス業なのだという方向で活動している。
――クリエイティブの方向性はいかがですか。
クリエイティブには、①クリエイティビティを求められるもの、②編集主体のものの2 種類があると思っている。
クリエイティブのコストも下がってきており、クリエイティブにもシステム的な 考え方を入れていきたい。つまり、人間が考えてやらざるを得ないクリエイティブ以外、自働化できるものはシステムを利用して効率的に行っていく。
また、ある程度の日本語を理解すればできるものは、コストの低い国外でできるような体制にしていくし、既に中国にそのような人材を確保している。
また、お客様のことを理解して、なおかつ専門的な知識を持った人材が育ってきているの で、それらの力を使ってお客様がもうける方法をどうやって考えていくかに力を入れ始めている。ここでいうクリエイティブとはプランニングからコピーライティング、デザイン、写真等を含めてお客様の目的を達成するために営業を含めて総合的に支援していくということである。
――デジタル印刷機の位置付けはいかがですか。
近年、ビジネスとして高い成長性が見込まれるデジタル印刷を中心とし、新たに印刷とWeb を融合した個人向けサービスなどの企画・運営を手がけている。
デジタル印刷などは、今後も急速な成長が見込まれる大きなマーケットであると言える。今まで培ってきたノウハウや経験を駆使しながらも、時代の変化を読み解き、お客様のニーズ にいち早く応えていくべく、新たな技術や設備を積極的に導入している。また、従来の大量印刷だけでなく、わずか一部からでも印刷できる最新の デジタル印刷機を活用したビジネスモデルの構築を進めている。Facebook 向け画像配信に関するアプリケーションを用いた新規事業を立ち上げ、時代の先を行くビジネスにも注力している。
小ロット印刷に対応したデジタル印刷機を導入したり、Web 事業にも力を入れるなど、大量印刷にもならず、お客様にリーチできる手法をあらゆる側面から用意している。
――今後の展開における課題は何でしょうか。
課題はいろいろあるが、課題のない組織は成長しないと考えている。今は、かなり優秀な若手社員が集まってきているので、彼らをいかに育てて、より力を伸ばしていけるか、そしてその力をどのように活かしていくかが一番の課題と考えている。